今夜も6時頃ひっそりと往訪である。既に一番奥にヒYさんの姿が、手前にはHさんを待つ焼酎の一升瓶の姿があり、その中間に着座する。
今夜はスーツ姿の話題である。一昨日の行商中、コートを着ずに歩いている60がらみのスーツ姿の男性を見て何故かまぶしく見えたのだが、そのときふと「マスターはスーツを着たことがあるのだろうか。きっとないだろうな。」と頭をよぎったので聞いてみた。
「マスターはスーツ着たことがあるんですか?」
「もちろんありますよぉ!」
と背後の収納を開けてごそごそやり出す。どうやら写真を探しているらしいが、これがなかなか出てこない。ヒYさんのお連れの大事なお客様が穴子を注文しているのにそっちのけで写真を探すのである。
なかなかみつからないので、「マスター、着たことがあるのはわかったからもういいですよ」と言っても聞かずにまだ探しているが、ようやく「あった!」といって見せたのが以下の写真である。たぶんどなたかの結婚式の披露宴出席時の写真だろうが、確かにスーツは着ている。かっこいい。若い女性がキャーキャー言いそうである。
本来の質問の意図はビジネスマンとしてスーツを着たことがあるのかということであったが、まあとにかくスーツを着ていることには変わりがないのでこれで良しとして、これ以上話を突っ込まずに、早く穴子を作るように促したが、「もっと見せたいものがあるんですよぉ」と言いながらさらにお客様そっちのけで写真を探している。そしてようやく出てきたのが、係の者も写った若い頃の写真である。
確かに見せたいだけのことは有り、今でも美しい係の者はさらに一層美しく写っている。すばらしい。待った甲斐があったといものである。
しかし、穴子を頼んだヒYさんの大事な大事なお客様は、なかなか穴子にありつけず大変気の毒で、「許してください大事なお客様!」とヒYさんの代わりに心でお詫びする。
お客様をお客様と思わない、いつもとかわらぬ寿司竜がそこにある平和な緊急事態宣言下の夜である。