6時ごろ到着。全席予約済みのお盆がある中に、一人超金さんが佇んでいる。
今夜はマスターからリクエストのあった古本を持参した。40年ほど前のスポーツグラフィックナンバー105『剛速球・江川卓の「伝説」』である。やはり我々の世代誰もが知るスターであり、マスターが興奮気味に語る。
「いやあ、本当にすごかったですよね。栃木県とはいえ、ほとんどの試合がノーヒットノーランとか完全試合ですもんね。ヒットどころか、たまにバットがかすったら球場がどよめいたもんです。」
「本当にすごいですよね。しかも、直球とカーブだけですもんね。」
「いやいや、江川に言わせれば直球は9種類あるようですよ。内角高め、真ん中高め、外角高め、内角真ん中、ど真ん中、外角真ん中、内角低め、真ん中低め、外角低め。これを投げ分ければ打たれないと言ってましたよ。でも、最初のころは”作新の江川”だったのが、そのうち”江川の作新”になっちゃって、チーム内では孤独だったようですよ。お昼ご飯食べるときなんかも、誰も近寄らず一人ぽっちで食べてたらいいですもんね。」
「マスターがチームメイトだったらよかったですね。江川に寄り添う作新の伴忠太みたいな関係になっていたでしょう。そうすれば、甲子園で優勝してましたね。」
カウンターに佇む超金さんも珍しく江川の話題に入り込んでくる。この話題は、エリートもシロアリも関係ない、皆に共通の話題である。
するとまもなく、奥にWさんの一団、手前にHさんの一団などいつもの顔触れのほか、予約のお客さんが続々来店しにぎやかになる。
マスターは江川張りの落ちるカーブで笑いを取りながら、忙しそうに働いている。やはりここは、”寿司竜のマスター”であり、”マスターの寿司竜”である。